見渡す遠景の先…故郷モンバサに馳せる思い





ここマチャコスの地元スーパーで働く青年、マステキ。

アンバーアワーの「運び屋」として頼りにしていた彼は、私が一時帰国中に転職をし、街のトゥクトゥク(三輪タクシー)のドライバーになっていました。

 

なぜか彼から慕われている私。

ケニアに戻ってから約1週間、歩いている私を見つけてはタダで乗せてくれ、工房終業時間には、頼んでもいないのに迎えに来てくれるというサービス付。おかげで唯一の運動であった徒歩通勤も、今や怠けぐせがついてしまいました。

 

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「連れていきたいところがあるんだ。」

 

そう言って、先日彼は私をかっさらうように愛車のブルーのトゥクトゥクに乗せ、中心街とは反対方向へと走り出しました。

道沿いに咲く鮮やかなブーゲンビリアは突き抜けるような青空に映え、段々になった赤茶色の山肌に佇む家々は、そこに人間の営みがあることを思い出させてくれます。

 

マステキは小さな橋の手前でトゥクトゥクを止め、私は誘導されるがままに道なき道を進んでいきました。

 

するとそこは、水の流れによって削られた無数の大きな岩が谷合に向かって遠くに続く絶景。岩肌は足をとられるほど滑らかで、吹き抜ける風を全身で感じているだけで、言葉はいりませんでした。

 

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「何もしたくない時、ここに来るんだ。」

私が岩にもたれて景色に見惚れていると、マステキが遠くを見ながら語り始めました。

 

ケニアには40前後の部族があり、マチャコスはカンバ族の土地ですが、彼は沿岸部モンバサ出身のポコモ族。若い頃両親を亡くし、まだ幼かった弟の面倒を見てきました。

 

マチャコスに住む親戚宅に転がりこんだのが3年前。

青い海が美しい故郷モンバサを思い出しながら、一度私を連れていきたいと、うれしそうに話していました。

 

「マンゴーが甘くておいしいんだよ。すぐそこになっていて、魚もたくさん獲れる。でも、平和がない。」

 

インド洋へとつながるケニア最長のタナ川周辺を基盤とするポコモ族は、対立状態にあるオルマ族との間で長年に渡り抗争が続き、幼いころからその様子を間近で見てきた彼の言葉には、計り知れない重みがありました。

 

なたを持って歩いてくるオルマ族を見て、急いで木に登って身を隠し怯えたこと、目の前で人が殺されるのを見てきたこと、二人の伯父さんの最後の姿は、片足を残した以外は灰だったこと。

 

小石を投げながら語る彼の横顔から、まるで昨日起こった出来事のような緊張が生々しく伝わると同時に、その淡々とした口調が、「今日は忙しかった」と話すのと何ら変わらない日常の一部にも感じられました。

 

私には想像を超える経験であるけれど、木に登ったときの枝が揺れる音や、伯父さんの声や息づかいがそこにあるように感じ、私はできる限り誠実に耳を傾け、彼の言葉をそのまま受けとめていました。

 

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モンバサに戻りたいかと聞くと、そのつもりはないと言います。

小さな息子がいい人生を送れるよう、ここで生活を築くのだ、と。

 

トゥクトゥクの運転席をはんぶんこして座る、私の特等席。

他の人を乗せれば20シリング(約25円)を稼げるのに、「君には感謝しているんだ」といつでも快く乗せてくれる。

 

昨晩、1日走って真っ黒になったトゥクトゥクで、マンゴーを届けに来てくれました。明かりの落ちた街は星座が読めないほどの無数の星で照らされ、夜風に当たりながら空を見上げると、スッと流れ星が青く光りました。

 

「願いごとは?」

「何もないよ。ただこの星は、モンバサにも続いている。」

 

(生産担当:マリナ)